しのぶ
第6章 6・遺恨の花
「此度は殿が消沈していると聞き、お慰めに参りました。と言っても、まだ私も若輩者。私の知る昔話で、気を紛らわせられたらと思うのですが……」
まるで何事もなかったかのように語る志信だが、元康は冷静になどなれなかった。この地へ志信が現れるなど、もう二度とない。元康は一生の別れを、覚悟していたのだ。
「な……何故、どうして今現れた! お前は、徳川の……もう俺に、用はないだろう!」
「お静かに、殿。あまり騒がれると、警護の者が顔を出してしまいます。私とて、目的を果たさぬ内に捕まるのは困るのですよ」
「目的? もう天下の行方は決したのだぞ、敗北した将の地に今さら何がある」
改易にしろ減封にしろ、もはや毛利家は衰退する身。志信が現れる理由が、どう考えても元康には見つからなかった。
「しかし、そちらは私に用があるのではないのですか? 一揆の首謀者として、裏切り者として」
悪びれる様子のない志信の表情を見ると、元康の頭に血が上る。だが同時に抱くのは、未だ心の奥でくすぶる愛情。入り混じる二つの感情に、元康は頭を抱えてうなだれた。