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しのぶ

第6章 6・遺恨の花

 
 家康の言葉を受けて、犬丸は濡れた瞳を半蔵に向ける。半蔵は頬を人差し指で掻きながら溜め息を漏らし、頷いた。

「まあ、家康様の言う通り叱る気はない。だが、こうして後を追ってきたんだ。しっかり伊賀の一員として、働いてもらうからな」

 半蔵の許しにようやく犬丸も涙を拭い、深く頷く。だが、半蔵も家康も犬丸がなぜ泣いたのか、その理由を見誤ったままであった。二人は、犬丸が泣いたのは命令もなしに動いた事を咎められると思ったからだと推測していた。しかしそれは、まったく見当はずれであったのだ。

 家康は「命の恩人」である犬丸を気に入り、殺伐とした伊賀越えの癒やしとして扱った。半蔵も伊賀の里の有力な成長株として、犬丸の能力を見定めていた。そして家康にとってこれまでにない危機である伊賀越えは成功し、三河へ戻るのだが、ここからが本当の困難であった。







「……私が半蔵様と言葉を交わしたのは、生涯であの時だけでした。三河へ戻り身の安全を確保した伊賀忍者達は、その功績を免罪符に駆け引きを始めたのです」

 本能寺の変。それは元康にとって、物心もつかない頃の遠い昔話である。
 

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