しのぶ
第6章 6・遺恨の花
「元康様の忍びとして潜り込んでからは、ご存知の通りです。あなたの配下として働きながら、影では小山の縁者である草野を保護し、一揆の煽動を担いました」
全てを知り、元康は胸につかえていた物が落ちるのを感じた。志信の心を手に入れようなど、土台無理な話だったのだ。むしろそこまで家康に心酔する志信が、元康や輝元に「死んでほしくない」と語った事が、奇跡のような話だったのだ。
「よく分かった。小山も、家康も、志信も……誰も悪人などいなかったのだな。戦で敵対はしても、皆願ったのは愛する者の平和。ならば、恨みなど出来まい」
例え平和を願った結果と言えど、裏切られた事実は変わらない。志信が裁くべき相手に違いはなかったが、抱くのは清々しい思いだった。
「ありがとう、志信。俺はこれから苦難が続くが、なんとか乗り切ってみせるよ。それが生き残った人間の務めだからな。志信も――お幸せに」
元康はまんまと騙されたが、自然と心から礼を志信に述べていた。危険を冒し全てを話してくれた事、それは元康に一歩を進ませる力となったのだ。