しのぶ
第6章 6・遺恨の花
元康は、言葉の意味が分からず無意識に爪を噛んでしまう。すると志信はかつてそうしたように元康の手を取ると、手の甲に口付けた。
「あなたを死なせたくないと、思いました。あなたを欺きながら、私はあなたの心に甘えていました。あなたのためなら、私は死んでもいい。私の心は……すでに奪われていたのです」
「しの……」
「前にも話しましたが、心を奪われた忍びは、もはや忍びではいられません。家康様は、私の心がある場所に帰れと仰ったのです」
志信は元康を引き寄せ、唇を奪い胸に頬を寄せる。
「……温かい。私の、あなたの心の音がします」
だが志信はすぐに身を離すと、再び頭を下げる。今度は、二度と上げない覚悟を持って。
「草野を斬首しただけでは、あなたの名誉は回復されない。元康様が上に立ち続けるためには、全ての黒幕を捕らえ、裁かねばなりません。ならば私があなたのために出来る奉公は、この首を差し出す事です」
「そんな事……出来るはずないだろう」
「それでもやらねばなりません。それだけが、あなたを救う道なのですから」