しのぶ
第7章 7・しのぶ
「そっか、ジュストは鹿介を知らないんだね。じゃあ、お話してあげるよ。輝がまだ若い頃、尼子って奴がいてね――」
すっかりいつもの調子に戻った輝元を見て、ジュストの胸に安堵が広がる。小川家の取り潰しは逃れられない。しかしそれは、ただの不幸な顛末ではないのだと、理屈ではなく心で感じ取っていた。
小川家の取り潰しは、元康が家臣の心を大事にしなかった報いである。荒谷を立ち退く元康を支えて付いていこうとする家臣が皆無であった事から、荒谷の民の間ではそう思われていた。
「二人きりになってしまったな」
身も凍る冬、放り出された元康の懐は冷たい。輝元は当面の生活に使うようにと資金を元康に渡していたが、人に比べると金は重く冷たいものであった。
「心配ありません。四季が流れるのと同じく、元康様の冬もすぐに終わりを迎えます私が、あなたに春をもたらしましょう」
元康の身を暖めるのは、隣で歩く男ただ一人。彼は白い空を仰ぎ降り出した雪を眺めながら、心強く語った。
元康の頬にぶつかった雪が、熱で溶けて消えてしまう。体は凍えても、胸の内はいつでも春だった。