しのぶ
第1章 1・光への生還
志信が元康を一瞥すると、先程の穏やかな表情は激しい怒りに変わっていた。これは黙っていても火に油を注ぐだけだと悟り、志信は頭の中で言葉を選びながら口を開く。
「小早川家に仕えろと、拉致されました。しかしご心配なく、大人しく拉致されたのは、あくまで情報を探るためです。その時点では、間者がどこの手の者か確信出来ていなかったので」
「拉致だって!? くそ、小早川の奴……!」
「その途中、間者が血迷い私に性欲をぶつけてきたので、これは都合がいいと思い、利用して口を滑らせてやりました。元康様に対する忠義は、その間も忘れたりしておりませんのでご安心ください」
だが、元康が抱く怒りの炎は、全く収まる気配がない。志信がさらに弁明しようとした瞬間、元康は志信の肩を掴み畳の上に押し倒した。
「忠義など、もとより一欠片も疑っていない。俺が知りたいのは、お前はどこまで間者を受け入れたのかだ」
志信の上に馬乗りになったその体勢は、今にも懇ろになるような甘いものだ。しかし、漂う気配に甘さなど存在しない。志信はさらけ出された首に、刀を突きつけられたような気分だった。