しのぶ
第1章 1・光への生還
「しの?」
落ち着くまでしばらくそのままにしていると、やがて志信の吐息は深く、均等になっていく。よくよく見てみると、志信は意識を飛ばし、眠りについていた。
「……人前で眠りこける忍びがあるか」
元康は志信を起こさないよう上から下ろすと、かいまきをかける。忍びの寝顔など、主君であれどまず見られない光景である。元康は隣に腰を掛けると、志信の髪を梳きながら見つめた。
「汚れるなんて、とんでもない。触れるたび光に導かれるのは、俺の方なのにな……」
元康が志信の寝顔を見るのは、これで二度目である。初めて見たのは、出会ったその時、鷹狩りに行った先の事だった。
爽やかな初夏の風に乗り、羽ばたく鷹の翼。木々をすり抜け、自由に飛び回る鷹は、元康自慢の逸品だった。
「さすがは輝様の鷹。優雅で偉大で、目の輝きが違うな!」
元康はお供に連れてきた家老、小山に向かい、はしゃいだ声を上げる。若い元康と違い、もう五十を越えた小山はあまり大きな反応もしない。しかしそれはいつもの事であり、元康も深く気にせず森を進んでいた。