しのぶ
第1章 1・光への生還
「間者……にしては間抜けだな。小山、これは――」
元康は小山に訪ねようとして、身を強張らせる。小山の手には、禍々しく光る刀。感じる殺意に、元康は息を飲んだ。
「……殺せば良いのです」
小山は小川家重臣として、元康の祖父の時代から仕える武士だ。小川家当主と共に、中国地方を穫ろうとする毛利家に従い数々の戦も経験している。物心ついた頃には既に豊臣がほぼ天下を握っていた元康とは、刀を握る気迫が異なっていた。
「な、何も問答無用で殺さずとも……」
「違いますぞ、殿」
小山は剣の切っ先を、寝ている忍びではなく元康に向ける。
「殺すべきはあなたです、小川吉右衛門元康」
冗談だろうと笑い飛ばしたかったが、小山の気迫は背筋を凍らせ、喉を潰す。謀反の経験など、若い元康にはない。ましてや相手は、幼い頃から仕えてきた家臣である。向けられた刀にどう反応するべきか。元康の頭に、答えはなかった。
「その首、貰い受ける!」
正面から切りかかる小山を避けようと、元康は後退する。が、寝ている忍びに足を取られ、転んでしまった。