しのぶ
第1章 1・光への生還
腕に止まっていた鷹は驚き、空を駆けていく。しかし元康に翼はない。地べたに尻餅をついた元康に、小山が迫る。
「なぜ……どうして!」
元康の父は、病により若くして亡くなった。家督を継いだ幼い元康を支えてきたのは、間違いなく目の前の小山だったのだ。元康を傀儡として小川家を乗っ取るなら、とうの昔に出来ているはず。それをしなかったのだから、小山は忠義の家臣であったのだ。
「時代は変わるのですよ、元康殿。隆景様も、太閤様ももうこの世にはない。未来があるのは……山の向こうです」
振り上げられる刀に、元康は死を覚悟し目を瞑る。風を、命を断ち切ろうと、刀は十字を刻んだ。
「――っ」
地面にぼたぼたと垂れ、染み込んでいく赤。それは元康の血ではなく、小山のものだった。元康が恐る恐る目を開くと、小山は地に伏し絶命していた。そしてそれを見下ろしているのは、一人の男。
「お前……」
寝ていたはずの忍び、彼の手には、赤い液体で濡れた忍者刀が握られていた。
「……うるさい」
忍びは刀を収めると、眉間に皺を寄せて元康を睨む。だが先程小山が放ったような、凍り付く殺意ではなかった。