しのぶ
第1章 1・光への生還
「人が寝ている横で、うるさい。起きていたら腹が減る。動いたら、もっと腹が減る。寝ていれば、幸せなんだ」
人の命を奪った後だというのに、忍びにはうろたえも罪悪感もない。そもそもこの忍びは何者なのか。元康が警戒していると、忍びは元康の前に座った。
「助けてやった礼に、飯をよこせ」
「め、飯? いや、そもそもお前は何者なんだ」
「……うるさい」
忍びは元康の問いに溜め息を漏らすと、元康の膝に頭を乗せて寝転がる。元康は驚き立ち上がろうとするが、忍びに腕を掴まれて止められた。
「飯がないなら、膝くらい貸せ。木の枕は、頭が痛くなる」
元康がどう対処するべきか悩んでいる内に、忍びは再び目を閉じてしまう。家臣の謀反に、命の危機、降りかかった災難があまりに多すぎて、元康は考える力を奪われてしまった。
「もう、どうでもいい……」
元康が投げやりに呟くと、眠ったと思った忍びが片目を開く。
「そんな時は、寝るといい。夢は現実の辛さを、誤魔化してくれる」
「誤魔化したところで、現実は変わらないだろう」
「変わらなくとも、痛みが鈍ればそれでいい。痛みがなければ、ひとまず人は歩けるだろう?」