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しのぶ

第1章 1・光への生還

 
 志信は敵の前に回り込むと、抜刀する。手入れされた鋭い刃が、満月を受け淡い光を反射していた。そして刃は、宙に十文字を描く。振り切ったその時、既に刃は赤く染まっていた。

 目の前の忍びが、ぐらりと揺れる。志信はそれが音を立てて倒れ込む前に抱き止めた。

「悪いな、この下は殿の寝所だ。音を立てられては困る」

 志信は表情も分からない頭巾のまま、忍びに無機質な声をかける。しかし倒れた忍びは、志信の腕の中で動かなくなっていた。

「……死んだか?」

 志信はそう呟くと、瓦の上へ忍びを下ろし、死を確かめようと屈む。だがその瞬間、忍びの手が志信の装束を掴み、足を払って転ばせた。

「主に気を遣って気を緩めたのが、貴様の敗因だな」

 忍びは志信を組み敷き押さえつけると、隠し持っていた荒縄で志信の両手足を拘束する。殺す気配のない忍びに志信が眉をひそめると、忍びは志信の頭巾を取り払った。

「目を見ただけで分かった。あんた、最近小川家で重用されているっていう忍びだろう。思った以上に綺麗な顔をしている」

「……だとしたら、なんだと?」

「うちの殿が、お前をご所望だ。小川家に留まらせておくのは勿体無い、もっと上を目指さないかとな」
 

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