しのぶ
第1章 1・光への生還
頭巾の下から現れたのは、精悍な双眸に恥じない端正な男。形勢逆転した忍びは、思いがけない志信の顔に舌なめずりした。
「心配するな。その顔なら、殿もすぐにおまえを気に入って、今以上に権威を得られるだろう。ここで俺に負けた事を、感謝する日が来る」
血に染まった手が、志信の装束の前を緩める。普段絶対に日の元に晒す事のない肌は、無駄のない筋肉に覆われながらも、陶器のように滑らかで白かった。そこが己の赤で汚される光景は、受けた傷を忘れさせるほど忍びの血潮を燃え上がらせた。
「殿がどのような行為を好み、どんな喜ばせ方を望むのか、特別に仕込んでやろう。殿に献上するにも、まずは牙を抜かねばな……」
忍びは志信の抵抗を奪おうと、更に布を取り出し口を塞ごうとする。忍びという生き物の性質を考えれば、音を立てて騒ぐ心配はない。喚いて助けを求めるくらいなら、自害するのが忍びの誇りである。それは、舌を噛まれる事を封じるための策であった。
「元康様より素晴らしい主など、どこの世にもいる訳がない」
だが口を塞ごうと伸びた手は、志信の一言で止まった。