しのぶ
第1章 1・光への生還
投げやりなのか前向きなのか分からない言葉に、ますます元康は戸惑う。しかし猫のように頭を膝の上に乗せられると、嫌でも意識がそちらに向かってしまうせいか、現実に目を向ける隙がなかった。
「……人前で眠りこける忍びがあるか」
「どうせ任務もなければ金もない、野良忍びだ。気を張っても腹は膨れない、ならば気を抜いて寝た方が楽だ」
野良の忍びなど、元康は聞いた事もなければ見た事もない。どこかの国に雇われた間者が、取り入ろうとしていると考えた方が自然である。ただ、身なりやこけたほおからすると、忍びが困窮しているのは間違いなかった。
「飯、食べに来るか?」
元康が遠慮がちに訊ねると、その瞬間忍びは目を見開く。
「行く」
「返事が早いな。どれだけ腹減ってたんだ」
元康の中で、謀反により全てが投げやりになっていたのは間違いない。だからこそ、どう考えても怪しい忍びにそんな提案を持ち掛けてしまったのだ。だがそれは、結果的に元康にとって救いとなった。
「俺は小川吉右衛門元康。お前の名は?」
「志信。伊賀の志信だ」