しのぶ
第2章 2・手紙
長い密書の差出人は、毛利家当主の輝元だった。中身を要約すれば、用があるから来いというものであったが、ただ行けばいいという訳でもなかった。
「……志信」
「いかがなされました、殿」
「俺の影武者を、今すぐ手配してくれないか」
「それは容易い事ですが……何故に?」
すると元康は、志信に密書を渡す。そして文の半ばあたりを指差した。
「誰にも悟られずお忍びで来てほしいと、輝様から仰せつけられた」
元康が指差した部分には、確かに極秘の旨が記されている。だが、なぜ極秘にするのか。志信は眉をひそめた。
「理由は俺にも分からん。だが輝様には、何か深慮があるに違いない。志信、お前は俺の供を頼む」
誰にも知られず行動するなら、忍びに従うのが道理。元康は志信以上に、信頼の置ける忍びなど知らない。志信へ供を命じるのは、ごく自然の事であった。
「承知致しました。今夜にでも出立出来るよう、手配致しましょう」
志信は頭を垂れてそう述べると、素早く天井裏へ消えていく。元康は寝転がると、志信が消えた天井を見つめた。