しのぶ
第2章 2・手紙
「お忍びで、志信と旅……」
不安定な情勢で、重臣である元康がお忍びで呼び出される。どう考えても待ち受けるのは重い話だろうが、元康の心は浮かれて跳ねてしまう。つい緩んでしまう頬を叩くが、喜びは止まらなかった。
艶やかな黒髪は腰まで伸び、白い肌には紅が映える。まばたきするたびに星が零れ落ち、内から輝く光は質素な着物すらも豪奢に見せていた。
月明かりに照らされた美女。これが志信と言われても、元康はにわかに信じられなかった。
「お前……志信、だよな?」
「元康様の警護を、他人任せに出来ますか? 私でなければ、誰だと言うんです」
「だって、綺麗だし……」
美女が口を開けば、そこから放たれるのは聞き慣れた志信の低い声。半信半疑だった心はようやく定まるが、凝視する事は止められなかった。
「忍びが変装するのは、基本中の基本です。黒装束で歩いては、曲者だと触れ回っているのと同じでしょう?」
「でも、なんで女装を」
「元康様は背丈がありますから、どうしても人目を引いてしまいます。しかし隣にこのような美女がいればどうなります? 元康様の印象など、たちまち吹き飛んでしまうでしょう」