しのぶ
第2章 2・手紙
自信満々に自分を美女だと言い切る志信に、元康は呆れて溜め息を漏らす。しかし志信には、男の象徴である髭の剃り跡一つ見当たらない。志信の自信を手折る隙など、元康は一つも見つけられなかった。
「だがあまり美しいと、それはそれで人目を引くぞ」
「雲行きが怪しくなれば、男の姿に戻るだけです。いざとなれば虚無僧の衣装も用意しておりますので」
「志信は尺八も吹けるのか?」
「自慢する程の腕ではありませんが、それなりには」
忍びとしての戦闘力はもちろん、変装や芸事に対する隙もない志信。元康は口を尖らせ、訝しげに眉をひそめる。
「この旅では、志信が何に弱いのか、探り当ててみせないとな」
「悪趣味な事をなされては困りますよ、殿。それと今回の旅では、私を『しの』とお呼びください。志信と呼ばれては、男だと悟られてしまいます」
元康はそれを聞くと、途端に妬みを忘れ目を輝かせる。嘘のつけない表情に、志信は思わず吹き出してしまった。
「まったく、呑気な殿ですこと。ほら、早く行きますよ。輝元様は今、大坂です。二人ならさほど時間もかかりませんが、時期が時期ですからね」