しのぶ
第2章 2・手紙
機嫌良く笑いながら、志信は元康に手を差し出す。しかし元康は首を振ると、志信の腕を掴み、手を繋ぐより身を寄せるよう組んで歩き出した。
「女の姿のお前が先を行っては、男が廃るだろう」
「頼もしい主人ですね、元康様は」
志信は元康にしなだれかかり、頭を肩に寄せる。すると女らしい甘い匂いが、元康の鼻腔をくすぐり、鼓動を乱した。
「さあ、行きますよ」
志信はそれを承知のようで、強気な顔を元康に見せる。人をたらし込む術を知り尽くしているのだと思うと、浮かれた心臓は一気に重くなった。
(粗雑な男の顔、冷徹な忍びの顔、妖艶な魔性の顔……志信は、どれが本音なんだろうな)
元康のために力を尽くす忠義の男。根底にある顔を信じてはいても、こうころころと表情を変えられると、その根を直に見ても不安が残る。いつか風に乗り、気ままに飛んでいくのではないかと。元康は抱える想いを、組んだ腕の力を強める事で誤魔化した。
背の高い元康の印象を和らげるため、それ以上に印象深い女へと変装する。志信の理屈は正しいが、元康はそれを正しいと、まったく思えなかった。