しのぶ
第1章 1・光への生還
「小川家は、偉大なる元就公の時代から毛利家に仕えし名家。そして元康様は、当主である輝元様から一字を拝領される程懇意にされているのだ。お前が毛利宗家の忍びならいざ知れず、小川家に勝る家など、日の本広しと言えどそう有るまい」
「ふん……確かに、そうはないだろうな。だが、毛利家に小川家以上の譜代が存在しないとでも? まあこうして間者を放つくらいだ、毛利宗家とは完全に別離するおつもりではあるだろうがな」
その言葉で、志信は一気に表情を険しく変える。だが志信が動揺すればかえって忍びは余裕を感じ、気を良くさせた。
「お前の殿は毛利――そして豊臣家を裏切り徳川に味方するか」
小川家の主家である毛利家は、豊臣秀吉の死後力を伸ばす徳川家康に反発し、同じく家康へ反感を抱く石田三成などと共に戦う意志を固めていた。となれば、当然毛利家に臣従する家は同じ道を歩むべきである。だが忍びが口にしたのは、確かな背徳であった。
「これからの時代は、徳川が作るだろう。隆景様なき毛利に、未来など見えるものか!」
「毛利を……元康様を侮辱する事は許さん!」