しのぶ
第2章 2・手紙
「ええ……先程元康様が目を覆ったように、あの方も私が落ち込んでいるとよく同じ事をして慰めてくださいました。時には現実から目を逸らしふて寝してでも耐え忍び、ひたすら好機を待てと」
あの方の話を出来るのが嬉しいのか、志信はさして元康の内心を疑わずに答える。その調子はますます元康の心を重くしたが、志信の心を占める『元康』を少しでも掴みたい。そんな想いが、元康の平然とした態度を保つ力となった。
「そういえば、爪を噛む癖も同じですね。あの方を説教するのは、私ではなく周りの武士達でしたが」
志信は元康の手を取ると、愛おしげに頬ずりする。
「しかし、手は似ていないですね。あの方の手は年と共に肉が付きしわがれましたが、元康様は白魚のように美しい」
愛おしいと思うのは、果たしてどちらの元康に対してなのか。行き場のない靄が、胸の奥に淀むばかりであった。
「なあ、その元康とは、どこの国の武士なのだ? お前が仕えていたんだ、さぞ名のある御仁なのだろう」
堪え切れずに訊ねると、志信は目を丸くする。そして苦笑いすると、元康の肩を軽く叩いて離れた。