しのぶ
第2章 2・手紙
「少し喋りすぎましたね、申し訳ありません。過去にいかな人間に仕えていようと、今の私は元康様だけの忍びですよ」
結局志信はそれきり話を打ち切り、再び大坂までの道を進み始める。元康が知りたいと望んだ過去だが、それはかえって元康の胸を痛めるものとなってしまった。『元康』とは何者なのか。その日の夜になり宿についても、元康は延々と思い詰めていた。
(元康……か。まさか末次様ではあるまいな)
まだ起きて文を書いている志信を誤魔化すため、元康は寝たふりをして布団の中で悶々と悩んでいた。元康と聞いてすぐに思い付いたのは、偉大なる毛利元就公の八男であり、元康もよく世話になっている末次元康である。しかしその元康は今も健在で、自分と同じく輝元のため力を尽くしている。
(あと元康と言えば……そういえば徳川家康も、かつては松平元康と名乗っていたな)
次に浮かんだのは、よりにもよって敵の総大将である徳川家康。しかし家康が元康を名乗っていたのは数十年も前、まだ家康が狸にもなりきれていない若年の頃の話である。志信が化け物並に若作りでない限り、元康時代に接している訳がなかった。