しのぶ
第2章 2・手紙
(そもそも、今生きている元康じゃないだろう。手の届かない場所へ向かった、と言っていたんだ)
志信は直接的な表現を避けているが、その言葉から連想されるのは死だ。戦での名誉ある死か病死かは分からないが、志信の言葉を信じるならば、とにかく故人である元康が志信の中に住み続けていると考えるのが妥当である。少なくとも元康は、志信の言葉をそう解釈していた。
(志信はずっと、その元康の死から目を逸らし生きていたのだろうか)
ふと思い出すのは、出会った時に志信が漏らしていた投げやりなのか前向きなのか分からない言葉。元康は、辛いなら寝て気持ちを誤魔化せと志信が語ったのは、まさしく志信自身がそうやって気持ちを誤魔化し続けていた証のように思えた。
(志信は、どうして俺に仕えているんだろう。俺の元で……安眠出来ているんだろうか)
志信の様子が気になって、元康はちらりと片目を開く。暗い部屋を照らすのは、灯台の小さな灯り。元康に背を向け文をしたためていた志信は、机に突っ伏している。不審に思った元康が起き上がり近付いてみると、志信は筆を取ったまま、文を枕に寝ていた。