しのぶ
第2章 2・手紙
何を書いているのだろうと、そっと文を抜き取り目を向けると、そこには読むのに困難な悪筆が並んでいる。
(まさか志信は、字が不得手なのか?)
旅の始め、元康はこの忍びに何か弱みがはないかと考えていた。意外なところで弱みを見つけてしまったが、今はそれを揶揄する心の余裕などなかった。
(受取人は、彦右衛門? 誰だろう)
そんなありふれた名前では、それが誰なのか特定は出来ない。汚い字をなんとか読み進めていくが、書いてある内容はただの近況であった。
『京の様子は如何でしょうか。あなた様はいくら趣が悪くなろうと退去する心積もりなど持たないでしょうが、京や大坂に名のある将が集結すると聞く度、私はあなた様の身を案じています。尤も、一番にあなた様を案じているのは康子でしょうが――』
元康はここまで読んで、読み進める目が止まる。志信から女の名前が出るのは、この一年の間で初めてであった。しかも康子とは、聞き覚えのない名前である。今までとはまた違う焦燥が、元康を襲った。
(そういえば、志信はいい年だ。考えもしなかったが、妻や子どもの一人や二人いても、何も不思議ではない)