しのぶ
第2章 2・手紙
志信をそばに置いていながら、志信の素性は未だに何も知らない。元康の不安は、心を追い立て跳ねさせる。焦りに染まった瞳には、もう一枚志信が書いた文が目に入った。
(もしかしてこれは、康子宛ての文なのか……)
人の文を勝手に読む無作法を咎める良心など、とうの昔に吹き飛んでいる。元康はもう一枚の文も開き、目を通した。
(宛名は、草野六兵衛殿? なんだ、男か……いや、でもこの名前、どこかで聞いたような……)
だが次の瞬間、文に奪われていた視線は暗転する。目を塞がれ、床に背中を叩きつけられて体を押さえ込まれてしまったのだ。
「っ!」
驚きで縮こまる喉にひたりと当たるのは、冷たい刃の感触。それが少しでも動けば、命はもちろんない。元康は、たちまち顔面蒼白となった。
「――申し訳ありません、元康様!」
しかし押さえ込まれた体と視界は、すぐ解放される。開けた目に映るのは、くないを放り投げて土下座する志信の姿だった。
「寝ぼけていたせいか、つい敵と間違えてしまいました。主君に刃を向けるとはなんたる無礼を……」
「いや……いい。許す。悪いのは俺だ」