しのぶ
第3章 3・嘘つきの顔
輝元は頷き、呑気に微笑むと、元康の肩を叩き腕を回す。
「うん、大丈夫! 元康の手勢も、大坂に呼び寄せちゃおう! 心配しなくていいよ、輝が直々にしたためてあげちゃうからね」
そして輝元は志信に目を向けると、元康に耳打ちした。
「それと、元康」
「なんですか、小声で」
「今日の夜、あの子貸してちょうだい。輝、志信とお話したいな」
元康の肩が僅かに震え固くなってしまうが、輝元は構わずに擦り寄る。だが元康の口から出てきたのは、主相手に使う言葉ではなかった。
「い、嫌です! いくら輝様の頼みでも、それは承知出来ません!」
「えー? 大丈夫だって、悪い事はしないから」
「でも、それは、その……」
元康の慌てた様子に、志信も首を傾げる。小声で話を持ちかけた事は、まったくの無駄になっていた。
「もう、しょうがないな。ねぇ志信、今日の夜ちょっとお話しようよ? 変な事はしないから」
輝元は扇子をしまうと、直接志信へ呼び掛ける。しかしそれは、ただの一忍びに向けられた、毛利家当主直々の言葉。選択肢を用意されているように聞こえても、答えは一つだった。