しのぶ
第3章 3・嘘つきの顔
「とにかく命を受けた以上、私は伏見城へ向かいます。しばらく元康様の元へは帰れそうにありませんので、こうしてご挨拶を思いまして」
元康の疑問は、志信が突きつける現実に散らされてしまう。前線である伏見城に構える小早川勢への潜入。忍び込む危険はもちろん、命の保証すら危うい場所であった。
「しの……」
「寂しいですか?」
すると志信は、黒装束の前を寛げながら元康の背中に手を回す。
「離れている間、元康様が志信を忘れないように、あなたの体に私を刻み込んでは……」
今までは散々嫌がっていたにも関わらず、今日の志信は性に奔放な表情を見せる。迫る色香にめまいを起こしそうになるが、元康は首を振って気を散らすと志信を引き剥がした。
「ま、待て! やっぱりお前、輝様に何かされたのか!? 様子がおかしいぞ」
元康が拒否したのは意外だったらしく、志信はまばたきも忘れ元康を見つめる。そして溜め息を吐くと、頭を抱えた。
「どうして……欲しかったものを目の前にして、なぜあなたは拒むのですか」
「どんな心境の変化で抱かれたがっているのかは知らないが、今俺の前に欲しかったものなどない」