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しのぶ

第3章 3・嘘つきの顔

 






 精も根も果て、獣と化していた元康がようやく言葉を取り戻したその時、空は既に白ばんでいた。

「元康様……」

 あまりの激しさに気を失っていた志信が、目を覚まし隣で寝転んでいた元康の頬に手を伸ばす。

「私の心は、あなただけのものです。たとえ私の体が誰に汚されても、遠く離れても」

「……寂しいのか? 志信」

「いいえ、これで私は役目を迷いなく果たせそうです。私はまだ――忍びでいられる」

 元康を見つめる瞳に、偽りも不自然なまばたきもない。むしろ志信はまばたき一つせず、元康を見つめた。

「私の志も、信も……全てあなたのものです」

「……今日は、嘘つきの顔じゃないんだな」

「え?」

「いや、いいんだ。お前の心、俺が預かっておく。輝様からの任務、必ず成功させるように」

 名残惜しいが、主君からの命令に背く訳にもいかない。元康はしばしの別れを前に、激励代わりに口づけた。志信はそれを抵抗なく受け入れると、身を整え元康に平伏した。

「元康様、一つだけよろしいでしょうか」

 改まった言葉に、元康も身を起こし武士の顔へと戻る。志信はそれを気配で確認すると、口を開いた。
 

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