しのぶ
第4章 4・暗躍
志信が解放されたのは、空が暮れなずみ静けさを取り戻す頃だった。
「くっ……うっ!」
目の前には小さな川。暑さの抜けた風が吹く森の中は、すぐ近くで戦が起きている事など忘れさせるくらいに清浄であった。しかし、志信の胃から込み上げる嫌悪は和らぐ事なく逆流してくる。腹に溜まっているのは、散々飲まされた助六の精のみ。志信はそれを全て吐瀉してしまうと、痺れる手で川の水を掬い口を清めた。
「くそっ!」
自分の身に起きた不調に、志信は拳を地面に叩きつける。
「心は置いてきたと、そう念じたのにな……」
川に目を向ければ、映るのはげっそりとした自分自身。情けない顔に苛立ち今度は川面に拳を振り下ろせば、水は音を立て波紋を広げた。
その時、揺らめく川面と同じ歩調で近付く足音が志信の耳に入る。振り向くと、一人の少年がこちらへ向かって歩いていた。
(あの顔は……!)
少年の顔に、志信は驚き、そして幸運の訪れを感じる。少年の、武人とは思えない白い肌、下膨れした頬、垂れた瞳。それは間違いなく今回探し求めていた張本人、小早川秀秋だった。