しのぶ
第4章 4・暗躍
「君は、僕の顔を知っていたのか」
「ええ、私は小川家の間者ですから」
志信が馬鹿正直に身を明かすと、さすがに秀秋の垂れた目も見開く。が、それは怒りにつり上がる気配はなく、すぐ微笑みに変わった。
「おかしな人だ。間者が、自己紹介で間者と名乗るなんて」
「忍びは人を見て策を講じます。我欲に溺れる愚か者には体や物を餌に、聡い者にはひたすら影に紛れて情報をかすめ取り、荒い者なら潔く決闘で奪い……あなたには、きっと素直に全てを打ち明けた方がうまくいく、そう感じただけです」
「僕を、殺しに来たのか?」
「いいえ。むしろあなたは、私の目的を果たすためには得してもらわなければ困ります」
「ああ……もしかして、君は反間か? 僕が内心徳川寄りだと知って、便宜を図りに来たんだね」
困ったように微笑む秀秋が、どこまで志信の言葉を信じているのか。初対面では表情から真意も読み取りようがない。しかし秀秋は、腰に差した刀を取るつもりがない事は間違い無さそうだった。
「ならば、君の本当の主は?」