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メビウス~無限∞回路

第9章 鳴き声(後編)

「そうかよ。…じゃ、とりあえず此処はお前の結界だってことに間違いはねぇーんだな?」
「さて、それはどうでしょうか?」

埒があかない。ーー剣で瘴気を凪いでしまえば容易い。この姿であるなら容易い問題ではあったが、子供が無邪気に父親の死体から髪を剥いでいく姿を見るのは…忍びない。開かれた目からは恐怖に歪んだ涙を零しただろう。硬直しだした身体は自由に曲がらず、鈍い音を立てて首を明後日に向けて笑う子供の姿。
子供は無邪気で残酷な生き物だという。力一杯に「僕を見ないで」って押しただけの結果でもあるのに。

「いたましい…子供」
『おじちゃん、誰? 人の家に勝手に入るなんて…ダメ、だよ?』

積りに積もっていた心の底に溜まった澱み。そう表現でもしないと感情の渦がチカラを取り込んで竜巻が産まれる。風を操ることに対して、一番優れていると思っている素戔嗚は、その風を正面から片手で塞いだ。中心から瓦解する風の子らに労って手を布留。

「布留部由良由良止布留部」

神楽の鞄を漁り、先ほど摘んだ榊を片手に唄い始める。二度三度と言葉を繋げるとソレは反響しあうはずのない場所であっても反響を響かせる。どんどん濃くなる風の音が素戔嗚を中心に広がりを示していく。少年の顔にあったのは、恐怖と哀しみとーー絶望。

「俺が断ち切るのはお前の【狂気】【哀しみ】【痛み】だ…そこのゲスに御霊までを汚されるのは忍びん…」

榊を頭上に向けて垂直に降ろす。それに合わせ、胸元でぐったりとなっている神楽が小さな呟きを唱え始める。蒼白な顔色は相変わらず変化はないが、素戔嗚が作る空気層で瘴気を肺へと取り込まずに済んでいた。

「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を聞こし食せと 恐み恐みも白す」

布留布留と祓う度に榊が茶色く変色していく。子供はぎゅっと強く目を閉じて怯えている。謌が終わるとブレてズレていた魄と魂が離れ、自分自身を見下ろすしていた瞳が、素戔嗚にそっと向けられた。

「僕は父さんにも母さんにも要らない子だったんだ…なんで生まれてなんてきちゃったんだろう…」
「…それはね…君が大人になって沢山の人と出会い、別れて…出来上がった道の先にあったはずのもの……好きなお友達は居た?」

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