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メビウス~無限∞回路

第9章 鳴き声(後編)

か弱く響く声に子供が顔を上げる。神楽は小さな笑みを浮かべて、子供の小さな頭を幾度も撫でた。

「うん…いた…よ」
「じゃ、その子と出会う為に生まれてきたんだよ、君は……」

人が生まれてくるのに理由はない。理由は自身でのみにしか見つけることは出来ない。人は抗いもがきながら、自分自身の意味を全人生の最後になっても手に出来ない場合は多くあるだろう。…神楽は哀しみと痛みに苛まれるこの怯えた小さな魂を、少しでも慰めたいと思った。
蒼白な顔色は変わらず、声も微量であったが。魂だけの存在なら、声はどのような小さなものでも届く。胸の内で想うモノこそが声となるからだ。

「その子は君に会えて……一緒にお話をして、遊んで…楽しかった?」
「うん……」

顔を覆って泣き出す子供を慰めながら、素戔嗚の神気の隙間から神を誘う。身体に強い痛みが走るのは、現在受け入れる準備が完全ではないからだ。それでもこの汚れた黄泉の瘴気に子供を晒し続けることは出来ない。判断した神楽は左手でのみに力を込めて神を招来させる。指先に気を張り詰めた一閃を開く。

「畏(かしこ)しや打(う)ち靡(なび)く天(あめ)の限(かぎ)り尊(たふと)きろかも打(う)ち続(つづ)をく地(つち)の極(きは)み萬(よろづ)の物(もの)を生(う)み出(いで)て統(す)べ治(をさ)め給(たま)ふ大神(おほかみ)世(よ)の限(かぎ)り有(あ)りの尽尽(ことごと)落(お)つる事無(ことな)く漏(も)るる事無(ことな)く命(みこと)を分(わ)かち霊(みたま)を通(かよ)はし稜威(みいづ)輝(かがや)き給(たま)ふ神(かみ)の御名―――」

素戔嗚が雄叫びを上げる。ビクッと震える子供に神楽はキッと、ユニットバスの方へ視線を向ける。其処には先ほどまでは居なかった影がひとつ。イソギンチャクの代わりにバスタブに腰を据えていた。

「……へぇ、天照神子を見るのは数千年ぶりだーー名を聞こうか? 神子」
「てめぇ…が黒幕か?」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいなぁ、…素戔嗚さま?」

バスタブに座ったまま、クスクスと笑うと肩ほどに伸びた赤い髪が揺れる。排他的な瞳は強い狂気を宿していたような漆黒。光彩を持たない何処までも深い闇色が、素戔嗚の腕にいる神楽を見据えて冷たく笑った。

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