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硝子の挿話

第7章 徒花

 会話は完全に途切れてしまったが、二人はそんなことも構わずに、ただ海岸線に視線を向けていた。潮騒の狭間にいると、時間の経過感覚が途切れてしまう。体感する感覚がゆるやかに流れることをただ感じていた。

 波の音と。
 風の揺らぎ。
 光の乱舞。

 鮮やかに揺るがない―――居場所。

「ティア!」

 石垣で作られた階段の上から飛び込んできた声に、ティアがゆっくりと振り返る。
「!」
 柵を飛び越える人影は忙しいと、会うことが出来なくなっていた恋人の姿。ティアの表情が驚きから喜びに変わる。
「ユウリヤっ!」
 駆け寄ってくる影に、ティアも迷わず自ら駆け寄っていく。ユウリヤの腕に飛び込んだ。
 夏の日差しは、橙を空に広げ染まり始める。重なる二つの影が、砂浜に長く伸びる。瞳を伏せたサイティアは、右拳にこみあげてくる感情を握り潰した。
 感じている敗北感をそっと隠す。

「どうしてここに?」

 いつも二人が会っていた場所でも、出会った場所でもない。東側に伸びる私有船着場の端。
 少し向こうになれば、民衆が利用する船着場だ。
「いつも俺が楽の練習をしているのが、向こうの船着場なんだ」
 ティアは覗き込んだユウリヤの視線が、一瞬止まった位置に注がれているのを見た。
「?」
 そちらをみると、サイティアが静かな面持ちで立っている。ティアは両手をぽんと軽く叩くと二人に笑顔を向けた。
「あ!…顔、合わすのは…初めてですよね?紹介しますね、私の兄さまです」
 腕に添えていた手を離し、サイティアを見て、誇らしそうに。嬉しそうに。愛した男を見る眼差し。それは立派に女のそれだ。
「サイ兄さま。…私の恋人です…」
 全ての事情は聞いていたが、サイティアとユウリヤが、直接互いに顔を会わせるのは初めてだ。
 はにかんで笑ったティアから離れて、ユウリヤの視線が微妙な絡みをサイティアに向けている。
 どうしたのだろう?
 そう視線がきょとんとしていた。
「おふたりは面識があられますか?…」
 首を傾げたまま、不思議そうに目を丸めたまま聞く。

「「違う」」

 重なって否定されてしまう。
「…そ、…ぅですかぁ?…」

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