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硝子の挿話

第8章 理由

 一度だけ振り返って、ユウリヤを見上げる。危険な目に合わせてしまったけれど、会えるとは思っていない場所で会えた。

「今日の、素敵な偶然に感謝します」

 はにかんで微笑して言うと、タルマーノの一歩前を歩く。嬉しかった気持ちが、シュンとしてしているのが自分で分かった。
 どうしてそんなに機嫌が悪いのか。―――分からない。狼煙が原因なら、彼はこんなに怒らない。一人で行動した訳でも、怪我を負った訳でも、ましてや神殿に居続ける辛さを、彼は知ってくれている筈。それともそう思っているのが、そもそもの勘違いなのか。
 巡る思考はどんどん、下降していく。貧困な想像力の限界は、自分が神殿にいなかったことだろうか。―――でも、今聞くのは怖い。
 完全に言葉はなく、前を真っ直ぐに見る視線や、固い空気を凍らせて歩く背中。
 流す視線の先で捉えたタルマーノの表情からは疲れが見えない。ならばやっぱり怒りだ。考えても仕方ないと分かっていても、逃避する術か何かのように様子を伺ってしまう。
 いつからそんな癖がついたのか、そう考えるともう苦笑さえ消えてしまいティアは俯いて足を止めた。
「リリティア様…?」
 ただ、とぼとぼと途方にくれたような歩みが止んで、両手で衣を握り締めている。気まずさが、こんなに居心地が悪いことに今初めて気がついた。
 心を許している人間からの、強い拒絶みたいな冷たさ。嫌悪は冬の吹雪に巻き込まれ、たった一人で白銀を彷徨い歩く程に凍える肢体と寂しさが胸を刺した。
「………」
 風さえも吹かない沈黙に、ティアは立ち止まる。タルマーノさえも自分を疎外するぐらい、自分という存在は消えた方がいいのだろうか。

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