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硝子の挿話

第2章 刹那

「…彼氏さんとですか?…」
 エプロンを指定位置に置くと真夜は振り返って頷いてくれた。
「今日はあれだ…彼氏と親友と三人だぜ」
 同じマンションに住む真夜の親友は、彼氏とも親友で千尋が物心つく頃にはいつも三人は一緒にいた。
 どうしてこんな関係が続いているのか、幼稚園からの仲は微妙な進展をしたらしいが、幼馴染関係は今だ途切れることなく続いている。
 単純に不思議だと思うし、そして何よりも羨ましい関係だと思う。
「本当に仲良しさんなのです」
「ん―。…自然なんだよな。三人でいても!ほら、あたし美人だから、両手に花でもおかしくないし!」
 冗談にも聞こえない言葉に、小首をかしげる千尋に微笑した。
「今の状態が心地いいし、和やるー坊も怪しいぐらい仲がいいからねぇ。わからん」
 和とは、小金井和也のことで、彼は中学校時代に幼馴染から脱却し真夜の彼氏となった。
 るー坊とは二人の親友で、松井流央(るお)。
 和也はすらりとした寡黙な印象が強いのに対し、流央は身長も高く、逞しい体躯で明るく朗らかな性格をしているので、千尋自身は流央との方がまだ普通に話せた。

「………大変ですねぇ」

 何が大変なのか既に分かっていないが、思わず呟いた瞬間リンゴーンと呼び鈴がなった。
 奥の自室に逃げる真夜のかわりに、慌てて千尋がドアを開けた。
「やー、なのだ」
 ひょこっと顔を見せると、流央が鍛えている逞しい腕で、千尋を抱え上げた。
「きゃっ」
「おはよう。真夜はまだ支度しているの?」





 傍らから顔を覗き込ませた和也に、小さくおはようと言って、抱っこされたままうなずく千尋は、毎回来る度に抱き上げるのですっかり慣れていた。
 首筋に抱きついたまま真夜が来るまで、大人しくされるがままで待つ。ちなみに兄弟以外では真夜の親友も、男性恐怖症は出ない。それらは近しいからか。敬愛という感情が芽生えるからかなのか。よく千尋自身も知らない。

「おめぇは又!人の妹に不埒な真似をしてんじゃ、…ねぇ!!」

 声とほぼ同時ぐらいに、振り返ろうとした千尋の目前を何かがよぎった。―――ミシッ!と小気味のいい音がして、それがカバンの肩紐だと気が付く。

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