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硝子の挿話

第2章 刹那

「………ぇ?」
「あらら…すまん。手が勝手に滑ったなぁ~」
 のほほんと自分の掌と、カバンがヒットした顔を見ながら、ちっともすまなそうには見えない真夜が歩いてくる。
「いちゃーよぅ」
 千尋を抱っこしたまま、和也はなついてくる流央を鮮やかに無視して、真夜に笑いかけた。

「おはよう」
「…はよ」

 これは毎回の事とは言え、恥ずかしげもなく簡単に二人の世界に入っていくのを、見送る千尋は抱っこされたまま、赤くなっている流央の額を一生懸命に撫でる。鞄の溝跡までくっきりと残っていた。
「大丈夫ですか……?」
 背後に大量の汗を飛ばしながら、顔を右往左往させ、表情豊かに千尋は「どうしましょっ」と繰り返す。
「ひーちゃんは可愛えぇのぅ…」
 扱いは子供。頬擦りをしてくる流央に更なる汗を飛ばす千尋。その様子に溜息をついて両手を広げる真夜。
「じゃあね、流央はお留守番だ」
 爽やかに楽しそうに、和也が真夜のカバンを拾い上げて渡す。受け取ると鞄で口元を隠しながら、わざと和也の耳元に唇を寄せて囁いた。
「じゃあ今日は二人で『愛』について盛り上がる?」
 悪ノリを始めたらしく、妖艶な笑みを浮かべるて触れるほど近くに寄せた。

「ダメなのじゃ!お父さんは許しませ―ん!」

 うがーっと擬音か何かを叫ぶと、「何がです?」とツッコミを心中で呟く千尋を降ろした。
「馬鹿めが、やっと妹を解放したな」
「はぁい。ひーちゃんまたねん」
 むんと反り返っている真夜を見て、千尋に投げキッスをして二人の元に行く流央。待っていたとばかりに真夜と和也…二人からの拳が見事、流央の後頭部に炸裂した。
 その回転と展開の早さに、いまいち取り残されている千尋。ただ繰り広げられる光景に、背後にいくら散らしても足りない汗を飛ばしていた。
 そんな妹に気がついたのか、真夜は笑みを浮かべ、千尋の頭を撫でた。
「じゃあ夜は各自自由だから、家で食べるなら冷蔵庫に材料あっから。―――行くぞ」

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