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硝子の挿話

第9章 滄海

「…そうだ!」
 衣服を入れる籐細工で編まれた収納箱を開ける。大した大きさではないが、これだけぐっすり眠っているのだ。
「確かめてくるまで起きないでくれよ」
 幾つかを引っ張り出して、寝台の下に隠す。そっともう一度抱き上げてゆっくりと下ろした。
 呼吸が出来なくなることはないだろう。サイティアは上から蓋を被せて部屋を出た。





 闇に見える目で、月の明かりがほんの少し差し込むだけの視界を遮る影は存在しない。
 そっと足音を忍ばせて歩きながら、気配が外に流れないように室を出た。
 隣に眠る二親がいる室の扉の役割を持つ衝立を浅く押す。微かな軋みは静まり返った中で思ったより響いた。

「………っ」

 一瞬だけ怯えが走ったが、構わずにサイティアは押す。立てかけているだけに近い扉は、サイティアの方へ倒れてくるのと押さえた。
「………大丈夫?」
「ティアは寝ています」
「そうじゃないわ、サイティアのこと聞いているの」
「僕、ですか?」
 きょとんとするサイティアに、母親はいつものように頭を撫でると後ろへ引っ張った。
「大丈夫そうでよかったわ」
 諦めたみたいな苦笑を見せ、サイティアを後ろに庇って立ち上がる。
「様子を見てくるわ、サイティアは室に戻ってティアを守ってあげてね」
「………僕も…」
 行く、と差し出した手を母親はとってそっと離させた。

「ダメよ、何かあったなら貴方がティアを守るのよ」

「夜盗か、それとも神殿が寄越しているのか、他が寄越しているのか分からないしな…」
 父親が横から小声で呟いて立ち上がる。両手には大きな斧をぶらさげ、逞しい体躯ががっしりとして頼もしい。
 不安そうに見上げるサイティアの頭を同じように撫でると、二人は立ち上がって出て行く。
 時間を空けずにサイティアも不安を振り払い室に戻った。
 まだティアの呼吸は乱れていない。子供だましと分かっているが、取り出した衣服で小さな子供が丸まって寝るぐらいの大きさを作り、身体にかける衣の中に隠す。窓は間を括っている錠紐を解いた。
 これでいつでも外へ飛び出すことは出来る。
 一応の用意を済ませると、ティアの寝台に横になった。
「怖くない…怖くない…」
 ただの獣かも知れない。弱気が刺した言葉に、自分で苦笑してしまった。

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