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硝子の挿話

第9章 滄海

 強く、―――守れるぐらい強くなりたい。それはこの時に芽生えたのかも知れない。従姉妹としてだけではなく、家族としてだけではなく。健やかに眠りを貪る小さな女の子を守りたい。そんな小さな始まりで、サイティアは将来、武の道を進むのかも知れなかった。
 真なる闇を引き連れる邪は、息を潜めて覗いているのだとしたら、ティアは奪わせないと誓う。絶対に、守り抜いて見せる。弱者の勇気を振り絞る拳は強く握られた。
 心音が高くなる。まだ数瞬しか時は流れていないというのに、もう何時間もこうして身を潜めているみたいだ。
 朝陽が来るのを待ち望む、獣みたいに蹲って祈る。何事もなく朝が空けます様に―――。





 祈りは細長く天上へと流れていく。それならば神は助けてくれるのか。―――病に倒れた両親を神は助けてくれなかった。
 今度も見捨てられるのではないか。それとも神というものが偶像でしかなくて、淘汰されるべくサイティアは両親を神に奪われたのか。
 握った拳で掌に刺さる爪。痛みが感じないほど、焦る気持ちと怯える心が緊張を強めていた。

「守るから…絶対に」

 祈るほどの毅さで願えば、気を抜けば堕ちてしまいそうな意気に発破を掛ける。サイティアはぐっと握った拳を解き、掌をぼんやりと眺めた。
 どれだけの時間が経ったろう。
「サイティア…」
 とても短いようにも、長いようにも感じた瞬間の寄せ集め。サイティアは身を起こして駆け寄る。立てかけ式の扉である衝立を開けた。
「大丈夫よ、見てきたから安心して眠りなさい…」
 頭を撫でてくれる母親に、サイティアは頷く。隣の部屋に戻ろうとしたのを止めた彼女だった。
「どうせなら、そのまま寝てしまいなさい…その方がサイティアも安心して寝れるでしょ?」
 ふふっと笑いながら、父親と連れ立って出て行く。慌てて止めようとして振り返った母親は、口元に人差し指を当てて笑う。
「そんなに急いで大人になってしまわないで………。私たちは貴方の本当の両親ではないけれど、サイティアを愛しく思う気持ちはあるのよ、ね?」
 疲れたならこの両腕で眠りなさい。そう差し出された腕は、今も変わらずサイティアに愛情を注ごうとする。―――家族、という温かさは、この家の中には何処にでも存在した。

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