硝子の挿話
第9章 滄海
「うきょ!!」
朝、奇声が耳元で木霊するのではないかと思う声量で。はやりというかティアは驚いていた。
「…サイ兄さま、乙女の部屋で寝ていたらびっくりします!!」
「ごめん…」
寝ぼけているのが自分でも感じる。けれど眠くて仕方ない。
顔を真っ赤にしてわたわたとする背後に、大量の汗が飛んでいるみたいだとサイティアは思う。身体をずらして、ティアを抱き寄せると温かくて、また夢現に戻る。ティアもそれが分かるのか二人の呼吸はひとつに重なるとまどろみの中に沈んでいった。
次の目覚めはサイティアの方が早く、ティアを起こさないように寝台を降りた。
「………おはよう」
起こしてはならないけど、目の前の可愛い寝顔を見ていると無意識というか、確信犯的な気持ちでそっとティアの頬に口付けをひとつ落とした。
「何、してんだろ…俺」
してしまった後に何を、と自分でも考えるのだが。なんだか引き込まれたみたいだ。
「ティア、ごめん!」
心持ち小さく言ったつもりだが、それでも普段よりも音量が高くて動揺している。
逃たい衝動で衝立を横に転がしてサイティアは部屋を後にした。
「おはよう、顔洗っておいでなさいな」
「うわっ!」
「うわって…何?どうしたの?」
高鳴る心音を堪えきれずに、しゃがんでいると後ろからの声に、心臓が飛び出すぐらい驚いた。
「ちょ、ちょっと…考え事してた!僕、顔を洗ってきますっ!」
「サイティア?」
呼びかける声が聞こえていない訳ではないが、今止まったら自分でも信じられない顔を見られてしまう。
それが分かっているのに、足を止めらる筈もなくて。真っ赤な顔のまま、サイティアは冷泉を引いている場所まで走っていった。