硝子の挿話
第9章 滄海
まさか、それが交わす最期の言葉になるとは思わなかった。
全身にある熱を冷やすために、共同冷泉に置いている桶で水を掬うを頭から被る。気候が年中夏なので風邪を引く心配もない。
「どうしたの?」
大人しげな風貌だが、男の子にしては愛らしい顔つきをしている。サイティアを心配そうに見上げているのは、ティアにとっても幼馴染であるタルマーノであった。
「タルマーノ…別に、何もない」
「そうは見えないけど…?」
「いいんだ」
言えない。言える訳がない。けれど大きくはないのだが、眦が上がった澄んだ瞳に射抜かれると胸も痛かった。
「…大丈夫、ちょっと頭を冷やさしたかったんだ。今日は凄く暑いしな」
「うん、それは分かる!…一緒にティアのとこに行っていい?」
「聞かないでも、来ればいいだろ?」
何を聞いているのだと思う気持ちに、タルマーノはにこっと笑うとサイティアの胸を指して言った。
「今日、サイ兄の誕生日だよ?」
「へ?」
「ああ!やっぱり覚えてなかったんだ!…俺、おばちゃんにサイ兄が顔を洗うだけなのに遅いって言ってたから、迎えに来たついでにお呼ばれしていいかなぁって!………いい?」
裾を持って笑う姿は、なんていうか同性と分かっていても可愛い。容姿よりも醸し出す雰囲気がそういう印象を見せるのかも知れないが。
「いいよ、おいで…ティアもきっとその方が喜ぶさ」
水耀宮に限らず、幼馴染が将来婚姻を結ぶ率はとても高い。タルマーノとティアも同じように将来結ばれるだろうと、サイティアは苦笑してしまう。
『好き』だというには、サイティアとティアの距離は近すぎる。一緒の家に住んで、一緒に過ごす時間はとても大切で。―――それ以上に大切なモノはサイティアにはない。
崩れると分かっていて、失う恐怖の前に告げる勇気もなくて。素直にこうして言えるタルマーノを羨ましいと思うとしたら、最低ではないかと思ってしまい苦笑した。
「どうしたの?ためいきなんてついて」
「タルマーノが羨ましいなって思ってね」
「??」