テキストサイズ

硝子の挿話

第2章 刹那

 伝えることは伝えたと鞄を再び肩に掛けると見送る千尋に手を振って出て行った。
「はい。行ってらっしゃいです」





 慌ただしく去っていく三人がエレベーターの方向へ曲がるまで見送るとドアを閉ざした。 

「………」

 静寂に還ったリビングを見る。閑散としているこの場所に独りでいると、取り残されてしまったみたいな寂しさが胸をよぎった。
 頭を軽く横に振る。今日は天気がいいし、青空にかかる雲もゆっくりとした流れで漂っている。こうした天気の下は、散歩に出ると心地いいかも知れない。
 ただ無意味に時間だけが流れていくのが惜しい。まだ柔らかくなる訳ではない日差しが、窓越しに眺めているとなんとなく心地よくなってしまう。エアコンからの風と、窓から見えた景色に、再び眠りへの船を揺らせていた。











「…千尋?」

 起きてみれば部屋に居ない相手が、リビングのソファに持たれて眠っている。同じ顔を見下ろした。
 千尋の双子の片割れである千遼(ちはる)だ。
 緑のジーパンに赤のタンクトップという軽装で、高く結い上げたポニーテールを揺らして覗きこんで見た。
「…千尋ってば!起きろよ!」
 声をかけても、顔を反らすだけの反応しかみせない。本来、気の長くない千遼が、完全に眠ってしまっている千尋の肩を強く揺さぶった。
「起きろって!」
「…ん…」
 わずかに瞼を持ち上げた千尋は、まだすっきりとしない視界に映る千遼に笑いかける。
 同じ顔であっても浮かべる表情は全然違う。再確認をするまでもなく、千遼は身を乗り出して笑いかけた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ