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硝子の挿話

第10章 交錯

 運命という歯車があるなら、それは忽然と回り始める。人と人を繋ぐ意思は、必ず誰かの心に触れてしまう。それは夕暮れに影を伸ばして歩く二人にしても同じだ。

「………」

 心が純粋であれば、その分深く傷つく。
「ティア…」
 うつ向いて、自分の肩を慰めるように。ただひたすら持て余す激情の行方を、意思の強さで隠そうとした。
 見ていたタルマーノも、後悔や深い感傷があるが、それらは交わることはない。眺めていた視界を空へ寄せる。

「…今だけ呼んでいいだろうか?」
「ぇ?」

 きょとんとした顔を向けるティアの頭を撫でる。小さな頃は当たり前に一緒にいた相手。もう遠くなってしまった初恋の君。ようやく涙を止めたティアの耳元に唇を寄せた。
「ティアが俺の正義だ…」
 タルマーノは少し離れると袖を伸ばし、涙で濡れたティアの顔と雨をぬぐう。赤くなった瞳は笑みを象る。いつものように、ホッとする笑顔が其処にあった。

「ありがとう…」

 胸に両手を当てて呟く。それはとっても尊い感情。両手に抱きしめて返す言葉。感謝は日々生きる限り続けたい。
「それだけは変わらない…」
 短い言葉で告げられるタルマーノの想いに、ティアは見上げて頷く。微かに視線を反らしたタルマーノも胸の痛みを苦笑に変えた。
「……」
 辛いなら、辛いと一言―――言って欲しい。そう言葉に出しそうになって、タルマーノは唇を噛み締め言葉を飲み込んだ。
 誓いを刻んだときに、タルマーノはサイティアの姿勢に共感し、気持ちをぶつけずに封印しようと決めた。
 それが距離となり、ぎこちなく続いていたことを知り、互いに感じていた違和感は、微かに縮みそうな空間(あいだ)をこの夕焼け空に思う。

 手を伸ばせば、其所にいる。
 けれど、触れてはいけない。

 それは例えるなら『聖域』―――。


 恋を知らず、この先も歩くと思っていたけれど―――彼女は選んだ。
 自分ではなく、兄と慕う相手でもなく。見知らぬ間に少女から女に変えてしまった男を慕う。

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