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硝子の挿話

第10章 交錯

 もう、取り戻すことは叶わないけれど。ティアが幸せなら、少年の日に、二人の意図は切れて風に流れてしまった。
 事実を受け入れ、それは嘆いても始まらない。

「私…頑張りますから…」

 目尻にまだ残っていた涙を、強張った指先で掬う。ティアは沢山の気持ちに、今日は触れることが出来た。
 サイティアの優しさ。
 ユウリヤの心。
 タルマーノの思いやり。
 それらは純粋で透明な愛おしさだ。
「帰りましょう…!」
 穏やかに、はにかんで笑うティア。もう見れないのではないかと思っていた柔らかさ。遮断したことで見せた躊躇い。最初に手を離した事実を、タルマーノは見ていた。

「はい」






 頷くしか出来ない。どんなに心に痛みが走ったとしても、それしか出来ないことを悔やむ真似も赦されない。
 思い知らされてしまう背中。
 どれだけ触れたくても、その肩にさえ触れられない。線が確かに引かれてしまった二人の距離―――。









 沈んでいく太陽を眺める。一度戻ったものの、することはやはり無くて、いつもの場所に辿りついた。
 今日あった事を反芻する。
 狙われるほど、命に価値があるのであれば。もしかして頑張れば、何かを変える『力』になるのではないか。
 何度も踏み出そうとして止まっていた。
 自分の気持ちに嘘は無いのだと信じて、瞳を固く閉ざした。

「私はもう留まらない」

 後には戻れない。元々戻るつもりは、何処にもないのだけれど。『今』変わらなければ、結局は何ひとつ変えられずに、腐れた風習のまま世代を交代するだけだ。

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