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硝子の挿話

第10章 交錯

 両手を胸の前で組み、顔を寄せて震える。前に進むしか道はない。そしてこの計画の上には、ティアが望まずとも争いしか残っていないかも知れない。
「運命を捻じ曲げなければ、最果てに待つのは断罪処刑…」
 進化の代償に犯した過ちを、自然が裁く。
 住みよい大地を手に入れる為に、山を削り緑を倒して火を放つ。焼け跡を整え街が生まれ、それらは脅威を失った人間が、増加の一途を辿る上で必要な事だ。莫大に膨れ上がった人口は生活の場所を求めるのだから。
 重金属の汚れは少しずつ町の水を殺しだし、水耀宮は農作物の土地柄であるせいか綺麗なのだが、月空宮はその差も強い土地だと言っていた。

「………頭が良かったら、こんなに悩まなくていいのかしら…」

 立てた両膝の間に、頭を押し当てて、深い溜息を吐き出した。
「致命的な欠陥は、間違いなく…私の内気さなのだわ…」
 昔はこんなんじゃなかった。
 もっと活発で、動き回っていて、仲のいい相手は沢山居たと思う。水姫神子に就任するとなった途端、今まで気軽に遊んでいた友達は一人一人と離れていき、大人達は複雑な笑みを浮かべ、当たり障りなく去っていった。
「だめだめだめ!ダメです!…私が弱気になってしまったらダメなのです…」
 自分が殆ど動けない為に、変わりに奔走してくれている仲間を思う。夜空に大きく浮かぶ月を見上げて立ち上がった。
「月よ、星よ…漣み寄せる海よ………」
 両手を広げて深呼吸を繰り返す。霧散して消えていきそうな意図を手繰り寄せて、瞳を閉ざし顎を反らして息を吸う。

「生を感謝します」

 手を組み合わせ、心の端から溜まり澱んだ気を払拭する。全てを大気に委ね、風を感じるまで何も考えない。
 略式ではあるが、祈る。何度でも幾らでも祈る。この息吹く世界が永久に続くように。愛する世界が壊れないように。
 どれだけの時間を辿っただろう。サイティアが目の前で立っていた。
「………祈りは終わった?」
「あ、はい…迎えに来て下さったのですか?」
 きょとんとなる。確か今日はこのまま此処で朝陽を招くと伝えていた筈だった。
「そうなんだけど、急ぎの使者が来てね」
「まぁ、それは大変なのです…!戻ります」
 長い裾を翻して走ろうとする前に、影がひとつ立っていた。
「ぇ?」





 小首を傾げると、影はゆっくりと足元から姿を現した。

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