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硝子の挿話

第11章 予感

 ティアの様子をじっと眺めているだけだったユウリヤが、見上げたまま雫を落とす大きな瞳を覗き込んだ。
 どうして通いあっているはずの、互いの気持ちを―――。側に居て、一緒に居るはずなのに確かめなければならないのか。
 不安がめばえるのか。
 すれ違いそうになる気持ち。
 唇を噛み締め、言葉を飲み込むだけのティアの答えを待つ。
 泣かせたくない。あの日気持ちを引き出しから掬い上げたのは、目の前にいるティアだからこそ。
「言いたい事あるなら、はっきり言葉にしろよ!」
 呆然とただ見上げてくる瞳に、感情の暗い部分が促され、理性とは別の部分が衝動で突き放した。
「…ぁ…っ」
 小さな悲鳴を上げて、ティアの身体が海にほおりだされる。
 勢いよく突き飛ばしたせいか。離した掌が、熱を宿していて慌てた心が一気に現実へ押し戻した。
「ティア!」
 海水でぐっしょりと濡れたティアがそのまま動かず、座ったまま顔を上げた。
 何も映していない瞳。
 それは絶望を見ているのか、何かの真実を映し出しているのか、―――ユウリヤには分からない。ただ訴えかけてくる瞳には、隠された言葉があるようで。それを聞けない己の存在価値を問いかけてくる気がしていた。
「…ユウリヤ…」
 知らない他人を見るように、ユウリヤの顔を見ていた。
 ごめん…小声で呟きながら、ユウリヤが唇を咬んで手を差し伸ばした。





「……好きです」
 見上げたまま言った言葉。それは心からの真実。
 見上げている顔には海水なのか、自身の涙なのか。それとも両方なのか。伝い流れて海水に沈んでいく雫。
 ティアは自分の中にある一番素直で、溢れる気持ちや感情を言葉にして伝えた。
 海水に浸った身体は、ゆっくりと風に吹かれ熱を奪う。ティアは深い真相の中で願う。
 風に煽られ、全ての熱を奪えばいいと。

「好きです、ユウリヤ」

 全身を海水が滴る。濡れた両手を持ち上げて、ユウリヤの前に差し出した。
 その両手が微かに震えている。寒さなのか、羞恥なのか当人であるティアにも分からない。ただ凄くそう言いたかった。

「ティア?」

 月明かりに浮かぶ姿。瞳を揺らし、唇を引き結んでユウリヤを求めていた。
「私が言うことを羞恥だと分かっています。…けれど言葉では伝えられない感情を伝える方法が分かりません…」

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