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硝子の挿話

第11章 予感

 言えるのは、ただひとつ『失いたくない』。

「…愛していて下さい…」
 我が侭な言葉だと、分かっていてもそう呟く。不変を信じていたい。溢れ返ってくる激情を前に負けたくない。

 離れたくないのは、きっと…。
「―――私…」

 堅く瞳を閉じて、ユウリヤの存在にすがる。今の自分が出来ることを最大限にするだけだと分かっていても、不必要に感じる劣等感と痛み。
 そんな真実を知って、呆れない相手はきっといない。
 確かな『絆』は、昨日の夜に築き、深めたけれど。

 だから間違えない。

 間違えることの無い。―――想いは、この両腕の中に存在して。この胸に宿っているのだと頷く。
「夕刻までは、こうしていたい…です…」
 流石に昨日のように、今夜は過ごせない。夕方になれば、再び忌まわしい場所で評議という名の、解りあえない話し合いが待っている。しかも今回は協力者として、ハクレイが紹介してくれた相手との対面もあるから遅れる訳にはいかない。





 どんなに心が伴わない場所であれ、せめて協力者とは顔をしっかりと会わせておきたい。
 枠もまだ完成していない無謀な計画に加担してくれる。ハクレイの人脈の広さは、とても偉大で尊い。
 計画をひとつでも可能にさせる為なら、どんな嫌味も嘲りも我慢してみせる。…怖いけれど。
「ティア?」
 思考を現在に照準し直して、ユウリヤの腕を持って縋るように額を寄せる。

「…夕暮れまで側に居て…欲しいのです」

 我儘ですか?とティアが問うと、嬉しそうにティアの髪を撫でる。
「そんな我儘なら、喜んで聞く…」
 空は濁った色から、澄んだ蒼さを取り戻し、太陽は輝いていた。
「…どこかに飯食いに行くか」
 太陽はいつの間にか、移動をしていたらしい。ほとんど真上に着こうとしていた。
「でしたら一度戻って、着替えてきます」
 了解の返事に頬を染めて喜ぶティアは、ふっと改めて自分を確認してしまった。
 海に浸かったせいで、薄い蒼でも分かるぐらい白くなっている。渇いた塩が肌に張り付いている感覚もなくはない。
 髪もぼさぼさになっているに違いなくて、改めて思う自身の姿に、ティアは一気に赤面した。

 まるで林檎だ。

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