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硝子の挿話

第2章 刹那

「良かったら一緒に飲まない?」
 嘉貴は二人に、笑いつつ誘ってきた。





 勧められるまま、千尋は由南の隣に腰を下ろす。この行動に驚く千遼。思わずぽかんとした。
「そっか」
 驚きながらも、成長したのかと一人納得した。
「………」
 素直に座りはしたものの、千遼と違い千尋はただ座るだけで緊張し、およそその会話もついていけずに、曖昧にうなずくのがやっとだった。
「千尋ちゃんは音楽好き?」
「あ、はい」
 しまった!…と千尋は口を押さえる。
 気がついたとしても、会話が終わってしまう。回りは何も言わないが、千尋は消えたくなる。どうしていつもこうなのだろう。先ほどの二人の台詞が頭の中に蘇った。

『同じ顔でもあれは駄目だなぁ…』

 じわりと広がる痛みは、針の先を指先に刺すみたい。
 分かっている事だ。
 自分は千遼と似ているのは容姿だけで、それ以外は全く違う。
 相手にぶつかる『勇気』も無くて、はぐらかかしてしまう。

 悪い『癖』。

 言葉にしようと、頭で考えていても、昔から口に上がる前に黙ってしまう癖があった。
 《言葉》は紡いで、声に乗せると《言霊》となり、取り消すことは出来ない。それが、千尋には恐い。《傷付く》可能性を考えると、なにも《言葉》にならず、こうしてうつ向いてしまう。

 誰かが悪いわけじゃない。

 けれど、分かっていても出来ない。
「……」
「え…?」
 なに?と千遼が聞く。
 言葉は聞こえなくても、凍結した瞳でにらみ据えられると、溢れてきそうになった雫の束たちを、噛みこらえてしまう。唇の震えだけを耐える。
 ゆっくりとにじんでいく痛みに、心が螺旋の迷路に迷いこむ。
 不安を彩る闇の持つ、円く鋭利な刃が心の臓をえぐる錯覚を覚え、握り締めた拳へ伝い、震える。泣いては駄目だと、あえて笑顔を向けるのは、自分自身を守る防御本能かも知れない。

「………」

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