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硝子の挿話

第2章 刹那

 夕暮れの逆光の彼方。
 消そうと思うほどに消えない。鮮やかに聞こえる潮騒の音。






「貴方は…どなたですか……?」

 ぽつりと千尋が呟く。
 不思議と口から出た言葉に、千尋は恥ずかしさに、自分の口を両手で覆い隠し、軽くうつ向いた。
 誰か、などさっきの紹介を聞いていなかったようで、後から煽ってくる羞恥に顔が赤くなる。
「………」
 逆光の果てにある、―――景色が浮かんだ。
 時間の逆行が始まる。
 とりとめない思考に流され、二人の距離が縮んだように感じた。
 戻ることが不可能な最果の、始まりの鐘が、歪な金属音を破壊的に奏でてる。
 現実に映えた。
 周波数を狂わせる埋葬のメモリアル。
 ―――こんな現実があっていいのか。
 戦慄く肢体を抱きしめる腕をぐっと握る。
 少なくても、前世型と言われるような妄想にある戦士なんて千尋には興味ない。

「…迎えにきたよ」

 向かい合いゆっくりと千尋に手を差し延べる由南に、夢を見ているのではと疑いながらも、地球の引力に寄せられた月のように、逆らえずに足を踏み出した。

「約束は必要なかった?」

 強い孤独を宿していた。
 いつも寂しそうにしていた瞳を見上げる。一緒に居ても、とても遠くにいるのではないかと感じていた瞳が千尋を見ていた。

「出会えると信じていた…」

 伸ばす指先と震える指先が触れ合う距離。
 それまで穏やかだった空に、突然雨雲が広がり、二人を湿らせた。
 しかしその雨に脅えず、由南はゆったりと千尋の手を取り微笑した。
「嬉しいの…?」
 抱きすくめられた感触が、何故か懐かしい。声が優しくて切なくて壊れそうに鳴る。胸の音がなんとも言えない感情に支配され千尋を締め付けた。


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