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硝子の挿話

第17章 漆黒

 こんな惨劇を、神々は何故用意したのだろう。
 ユウリヤがティアの手を引く。立ち止まったまま動かないティア。
「私は…ここまでです……」
 国境が近づくほどに、頭痛が絶え間なく襲ってくる。これ以上進んでは、激痛に苦しむだけだ。
「ごめんなさい…」


 嫌われても。
 怒られても。
 呆れられても。
 もう、一歩も歩けない。


「なぜ…?」
 ユウリヤの問う声は、もうティアには半分届いていない。耳鳴りが酷くなる。それはもしかしたら水の悲鳴かも知れないと何処かで思っていた。
 自身の終刻が近いづいている。
 だからあえて、ティアは苦しい息の中で笑顔を見せた。
「…上に逃げた人々は助かります。物資も、十分に…運ばれて、いて…」
 自身はもう、逃げられない。だからと言って、その終焉に巻き込みたくない気持ち。その言葉と反発する本心は―――眠る、その瞬時まで、握った手を離して欲しくない。
 偽善にまみれ、一番汚れていた、人よりずっと不平不満が多かった。
 そう、頭の片隅で思う。
 波の壁が水耀宮を呑み込んだ。
 陸を飲み込んで、築き上げた文明を根刮ぎ奪おうと牙を見せた。

「…あれは、もしかしたら私の本心なのかも知れません…」

 今だ止まない雨。

 ティアは何故かそう思った。
 高波が次から次へと押し寄せてくる。
 ティアは最高を心がけて微笑した。
「上に逃げてください」
 耳鳴りで視界が強く霞めていく。足が震えている感覚があるのに動かない。
「逃げてください…」
 平野を駆け巡る掘からも、水が溢れていくのが分かる。一部研ぎ澄まされた感覚が、鋭敏になっていた。
「大陸はおそらく海底へ…此処も沈みます。…幸いこの山は、聖なる山に続けての高さを持っています」
 夢でも見ていた。
 この悪夢を現実にしたくないと動くのが、遅かったからなのか。事実は、もう誰にも分からない。
 ティアは小声で言った。
「私、…実は国境へは……近づけな、い、ので…す」
「何故だっ!?」

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