テキストサイズ

硝子の挿話

第17章 漆黒

 この言葉で、これ以上伝わらないなら、それは恋でも愛でもなく……もっとも人を傷付ける同情だと思った。
 伏せた顔を、ユウリヤは捉えて上に上げさせる。
 自分と視線が重なるように。


 伝えたいなら。
 伝わせたいなら。
 互いの目を見なければならない。


「さあ、決断して…」

 黒い瞳が伏せれないように、ユウリヤは手を離さない。
「自分で決めるんだ…」
 ティアが望んでいると信じている。何度傷付いても、好きだから仕方ない。
 今、ティアにつけられた傷は、ユウリヤには深い痕になる。
 それでも好きでなければ、傷なんてつく筈がないのは、誰よりもユウリヤは知っていた。

「俺を見て!この手を振りほどけよっ!」

 ティアは泣いた。

 弱い息の下で、肩を落として泣いていた。けれどユウリヤは何も言わない。
 ただ黙って、還ってくる言葉を静かな瞳で待ち続けた。

「……嫌で…す…」

 強く握り返した掌。その熱を失いたくないのは――ティアのほうだ。
 決別するために選んだ言葉が、ユウリヤを逆に傷付けた。
 自分で自分の首を平気で絞めていた現実を、このとき初めて知った。
 ティアがうるんだ瞳でまばたきをすると、一筋だけ涙が伝わる。
「…愛しているんだから、構わない…。俺の手を握って離さなければ、いい」
 雨で濡れきった前髪をかきあげる。生きた命は上へと逃れ、この場所に溜まっているのは、もう―――二人だけだった。





 錯乱状態が続いていたからこそ、二人きりで入れる。暴徒もなく静かな終幕を二人で見つめていた。

 結果は惨劇だった。

 それでも最愛と呼ぶべきひとを、手に出来た幸福は計り知れなかった。
 何も残さない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ