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硝子の挿話

第17章 漆黒

息つかい。

囁く声。…



 全てが鎮静作用を持っていた。
「………」
 終わろうとしている文明の瓦礫が、水の壁に呑み込まれていく姿を、冷静に見ていられた。
 白い牙が大地を噛み、自分の領域へと引きずりこんでいく姿。全てが海底へと、強引に浚われいく。
 少しずつ形を失っていく。
 無に戻ろうとしている。
 神々の裁きは、人間に向けられた最初の警告なのかもしれないとティアは考えた。
 進化した科学が大地をえぐり、草木や花をからし、たちのぼる噴煙が空を汚した。
 尊大な自然神の怒りを、しらないままにかった。

 既に指先は感覚がない。

 痛みに気を失えば、二度と目はさめない。
 少しでも長く、彼と居たい欲が、ティアの命を延ばしていた。
 この次目覚める時も、こうして彼の体温を感じたい。

「ティア…」

 蒼白になっていく肌の色と身体。消えようとしている温もり。




「…ここで一緒に眠ろうか…」






 嘆く海鳴りは耳の奥で震えている。呼吸を止めてしまった小さな身体から、これ以上温もりが失われないように。
 海は奪われた姫を取り返したいと手を伸ばす。
 還して欲しいと叫ぶみたいにユウリヤには見えた。
 
 吠える波は、もうすぐこの場所に届く。

 叫び狂う波に、大地が切り裂かれている。奔流が大洪水招き、大きな白い牙は、全てを呑み込みだしていた。
 海水で急激に冷やされる溶岩流は、もうもうと水蒸気を天に伝える。

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