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硝子の挿話

第1章 夢幻

 そんな最期を静かに見ていた。

 せめぎあう人々に逆らい、傷を負った身体で『生』にしがみつく。少女の手を強く握りながら、青年は壊れていく世界からの逃亡を試みた。
 強く握りあう掌の熱。それは最期まで残る―――記憶だった。
 音を立てて崩壊していく文明の終末は、まるで風花のように儚く刹那げな姿。
 逃げ惑う人々を追い立てる神々の怒りは、恐怖と怒涛の旋律を鳴らし、その最期を奏でていた。

 壊れた刻の鐘が鳴り響く。

 大小様々な彩りの船に、一類の望みを託した綱は、まるで罪人を地獄から救う為の蜘蛛の糸。
 震えながら崩れていく大陸。
 この終末に寄り添い眺めるしか出来ない二人は、互いを抱きしめあい唇を噛み締めた。
 汚れを纏った土壌を海原の底に沈め、水での浄化を待つように―――。
 神々の、意思だったのかも知れない。


 焼かれる肌の痛みに似た現実の、絶望の中でその事実を認識していた。
 刻一刻と崩れていく世界。
 隣にいる青年を見上げる。彼は微笑して少女を強く抱き締めて離さない。
 青年は少女の耳傍で囁く。

「………」

 言葉はもう聞こえなかった。
 少女は深く瞳を閉ざし、深い深い眠りの底にいた。

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